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A Pál utcai fiúk パール街の少年たち

ハンガリー映画 (1968)

1906年に刊行されて以来、35以上の言語に翻訳され、わが国でも偕成社をはじめとして多くの出版社から翻訳本が出ているハンガリーの国民的作家モルナール・フェレンツの代表作の映画化。最初の映画化は1917年、2度目が1924年、その後、題名を変えてアメリカ(1934年)とイタリア(1935年)で映画化。1968年版は5回目の映画化となる。その後は、間をおき、2003年にイタリアの3時間のTV版と、2005年にハンガリーで26分のTVshort版が作られた。1968年版は、ものによっては1969年と書かれているが、それは1968年の事前限定公開をカウントするかしないかによる違い。1969年のアカデミー外国語映画賞のハンガリー代表としてノミネートまでいったが、ソ連の超大作『戦争と平和』(IMDb7.9)に負けた。しかし、この時、ノミネートされた他の3作『火事だよ! カワイ子ちゃん』(IMDb7.6)、『結婚大追跡』(IMDb6.9)、『夜霧の恋人たち』(IMDb7.8)が全て日本で公開されているのに、IMDb8.0と一番観客の評価の高い本作だけが日本で劇場公開もビデオ・DVD販売もされなかった。なぜだろう? 日本語の翻訳本がこれほど多いということは、日本人に好かれる題材であるにも関わらず、だ。日本の配給システムがよほど狂っていたのか、当時の担当者の目が曇っていたのか? ストーリーは、ブダペストの市街地の中にある「放置された空き地」をめぐり、ボカ・ヤーノシュ率いるパール街の少年達と、アーチ・フェリ率いる城跡を根城とする赤シャツ隊の争いが「縦」の線だとすれば、1人しかいない最下層の従卒のネメチェク・エルネーの仲間に対する友情、勇気と信念に満ちた言動、死を賭しての行動を「横」の線として、素晴らしい映画の世界を創造している。映画に出演する数多くの少年達が全員イギリスでオーディションを受けたイギリス人というのも前代未聞の映画作り。ハンガリー映画なので、会話は全てハンガリー人の少年が吹き替えている。撮影時には、仮の英語台詞があったのだろうか? なお、ハンガリーの氏名は、日本と同じように、「姓-名」の順。このサイトでは、ファーストネームを使ってあらすじを書くのが原則だが、ここでは、主要な4人以外、「名」は不明なので、「姓」で統一する。原作との対比という観点から分析すると、基本的には「原作に忠実」だが、時間の関係上、若干の省略が見られる。一番大きな変更は、若き日のジョン・モルダー・ブラウン(『早春』などで有名)が演じる裏切り者ゲレブ・デジュが、名誉回復できないまま消えてしまう点。主役のネメチェク・エルネーを演じるアンソニー・ケンプは、原作と一致させるため、金髪の11歳(撮影時)の少年が選ばれた。ネメチェクは赤シャツ隊の根城に1人で潜入し、裏切り者となったゲレブをこっそり監視するが、ゲレブが「たとえ気付かれたとしても、みんな、僕を怖がっているから、誰も何も言うもんか。連中の中には、一人として勇敢な奴なんていやしないさ」(岩崎悦子訳の原作より)という言葉を聞き、自らの姿を現す。そして、その勇気を認めた首領から仲間に入るよう勧められたのを断り、池に放り込まれる。しかし、「確かに、君たちの仲間に入るのを承知していれば、池に入らなくて済んだろうさ。だが、僕の方で断ったまでだ。だから、水に沈められようと、死ぬまで頭を殴られようと、そこに立っている誰かみたいな裏切り者になんて、絶対にならないさ」(同前)、と言ってゲレブを指差す。これほどカッコイイ場面は、お目にかかったことがない。素晴らしい映画だと思う。なお、この映画は2017年に製作50周年で映像復元され、往時の色彩を取り戻した。下の写真は、現在のパール街。矢印のところに「Pál utca」という表示がある。

映画の内容については、あらすじで非常に詳しく紹介しているので、ここでは、舞台となるブダペストについて触れておきたい。19世紀末から20世紀初頭にかけては、ハンガリーが歴史上最も繁栄した時期にあたる。この原作の舞台となる1902年(明治35年)は、その絶頂期とも言える。ハンガリー人にとって、原作の人気が高いのは、そうした歴史上の背景が、「栄光のノスタルジア」を感じさせるからなのかもしれない。1890年代から フランスとベルギーでは「アール・ヌーヴォー」、オーストリアでは「ゼツェッショーン」と呼ばれる きらびやかな装飾様式が見られるようになるが、オーストリア=ハンガリー帝国として、その一翼を担ったハンガリーでも、レヒネルが見事な作品を残している。その代表作が、映画の舞台となる1902年の1年前に完成した郵便貯金局(右の拡大写真、私の撮影)。①波打つような窓上の金色の曲線、②曲面状の窓枠の斑模様、③その他の壁面の絵飾り、④曲線状の窓脇を見れば、その独自性が良く分かる。その少し前の1896年には、世界で2番目の地下鉄もブダペストに開業している(世界遺産。全長3.7キロ)(右下の写真、私の撮影)。世界初の「電車による自走式」で、世界3番目のグラスゴーの地下鉄が「ループ牽引式」〔全ての車両が環状のケーブルでつながれていて、ぐるぐると回る〕であることを思えば、如何に先進的であったかが分かる。ただし、写真から分かるように天井までの高さは低く、線路も、地表面のすぐ下を走っている〔世界初の地下鉄は、もちろんロンドンで1863年の開業。ただし、「蒸気機関車による牽引式」なので煙が充満する(排出用の穴がある)。ロンドンで「電気機関車による牽引式」が導入されるのは1890年から〕。因みに世界で4番目の地下鉄はボストン(わずか1キロで、路面電車を地下に埋めただけ)。パリのメトロはようやく5番目(1900年)。地下にするか高架にするかでもめ、結論が出なかったため。だから、現在のメトロ6号線〔一番古い〕には、高架部分が多い。

主役のネメチェクを演じるのは、アンソニー・ケンプ(Anthony Kemp)。既に述べたようにイギリスの子役。1954.11.3生まれ。俳優歴は短く、1967~70年の4年間のみ。最初はTV専門で、『Cry Wolf』で主役を演じた(下の写真・左)。『パール街』の撮影は1966年から始まっているので、公開順では『Cry Wolf』が先だが、出演順では逆であろう。なお、『Cry Wolf』には、コルナイ役のMartin Beaumontも準主役で出ている。アンソニーは、その後、目立った活躍がないまま映画界を去った。台詞がハンガリー人の少年の吹替えなので、肉声が聞けないのは残念だ。ボカが2番目の主役だが、年齢オーバー。悪役のゲレブ役でジョン・モルダー=ブラウン(John Moulder-Brown)が出ているのが珍しい。1953.6.3生まれなので、アンソニーより1つ半年上なだけ。その割にかなり年上に見える。こちらは、『La residencia(象牙色のアイドル)』(1969)から路線を変更し、『Erste Liebe(初恋)』(1970)、『Deep End(早春)』(1970)(下の写真・右)で、15-16歳の「若きセックス・アイドル」を演じて、日本でも一世を風靡(ふうび)した(私は、1本も見ていないが…)。今でも現役の俳優だが、TVが多い。


あらすじ

学校の理科教室では、教師がブンゼンバーナーを使った実験を生徒達に見せている。しかし、もうすぐ終業のベルが鳴るので、真面目に聞いている者は誰もいない。20世紀の初頭なので、ザワザワしてはいないが、気もそぞろ。「…ブンゼンバーナーの炎は、塩化ナトリウムで黄色に変わる…」。一番後ろの列に座っていたゲレブが、「ネメチェク」と小声で呼ぶ。「…白金棒の上に、硫酸バリウム結晶を置き…」。ネメチェクが気付かないので、もう一度呼ぶ。ネメチェクが振り向くと、丸めた紙を見せる(1枚目の写真、矢印)。「…しばらく加熱し…」。ゲレブは、丸めた紙を床の上を転がして、ネメチェクに渡す。「…その上に濃塩酸を一滴垂らすと、無色だったブンゼンバーナーの炎が…」。ネメチェクは紙を開いて中を読む。どうしたらいいかわからないので、ゲレブを振り返る。「ボカに渡せ」。実験は最高潮に達していた。「…鮮やかな緑に…」。実験など見てもいないネメチェクは、すぐに、紙を丸め直し、「ボカ」と小声で呼んで 床を転がす(2枚目の写真)。「…これが、いわゆる還元現象で、硫化バリウムができる」。ちょうどボカが紙を拾った時、教師は、教室内の様子に気付く。「えらく落ち着きがないな! まだ 終わっちゃいないぞ」。ボカは、紙を開けずに 後ろを振り向き、「何だ?」とネメチェクに訊く。「ゲレブが、それを。今日の3時に…」。教師は、生徒の様子を見ていたので、ネメチェクのヒソヒソ話はすぐに見つかってしまう。すぐに立たされ、「ここに来て、実験をくり返してみなさい」と言われるが、何も見ていなかったネメチェクは、“時間よ早く来い”と願いつつ ゆっくりと教壇に進む(3枚目の写真)。幸い、そこで終業のベルが鳴る。原作との違い: ①丸めた紙をネメチェクに転がしたのは、チョーナコーシュというガキ大将、②ネメチェクは、「潔癖な少年だったので、本文を盗み読むような真似はできなかった」。③ネメチェクが、教師に詰問されることはない。ただ単に授業が終わるだけ。
  

生徒達は、一斉に階段を駆け下りて出口に向かう。ネメチェクは、途中で出会った団員に、「3時に、原っぱで団長選挙だ!」と叫ぶ。「何で? どうした?」。「ボカが言ったのか?」。ネメチェク:「うん、みんなに伝えてよ。時間がない」(1枚目の写真)。学校から出たネメチェクは、「チョーナコーシュ!」と何度も叫ぶ。彼は、馬車の荷台に積まれた家具の上にいた。ネメチェクは、ゲレブの意図を知っているか尋ねるが、「知るかよ」と言われただけ。「ボカたち、もう行った?」。「とっくに」。「来ない? みんなに知らせないと」。チョーナコーシュは、家具から飛び降りると、ネメチェクを誘い、走っている馬車の後部にちゃっかりと座る(2枚目の写真、矢印)。次のシーンでは、ネメチェクとチョーナコーシュは、ボカ、ゲレブ、チェレと一緒にいる。ゲレブが、「また、『ぶんどり』 されたのか? ひどいな。相手は誰だ?」と訊く。ネメチェク:「パーストル兄弟だよ」。ゲレブ:「悪党どもめ。前から言ってるだろ、何とかすべきだって。だけど、ボカは いつも反対するんだ」。ゲレブは、金持ちのわがまま息子で、原っぱを仕切る団長になりたがっている。だから、こうしてボカの無策振りを非難する。チョーナコーシュがゲレブに見方をすると、ボカも、仕方なく、「どんなだった?」とネメチェクに尋ねる。ネメチェクは、「昨日、昼食後、僕らは博物館に行った…」と話し始める(3枚目の写真、一番右がボカ)。原作との違い: ①ボカについての性格設定が書いてある。「ボカは考え深い少年だったので、今にきっと、正直で尊敬される優れた人物として一生を送ることだろうと、誰からも思われていた」。この設定が明らかでないと、その後の展開が分かりにくい。
  

ネメチェクの話の続き:「…ヴェイスと僕とレシック、リヒターとバラバーシュで。ビー玉を始めたんだ」。ここで、映像は昨日に戻る。「代わり番こに転がしてると、壁際に20個は貯まってた。ガラスのも3個はあった。そしたら、レシックが突然…」(1枚目の写真)。レシック:「やめよう。パーストル兄弟だ」。2枚目の写真は、百周年を記念して作られた この場面の彫刻(彫刻家はPéter Szanyi)。後方の2人がパーストル兄弟。ネメチェクの話は続く:「兄弟は、ゆっくり近づいてきて、僕らは怖くて何もできなかった。5対2だったけど、そんなの関係ない。10人いたって負ける。それに、駆け足だって敵わない。だから、逃げることもできない。捕まるに決まってる」。ヴェイス:「ネメチェク、やめようよ」。ネメチェク:「いやだね。君が失敗したところじゃないか。僕の番だ。勝ったらやめてもいいよ」。ネメチェクがビー玉を転がすと、うまく当り、“全てのビー玉がネメチェクのものになる” はずだった。ネメチェクがビー玉を集め始めると、その手を兄弟の1人が足で踏み、「ぶんどり」と宣言する。それを聞いた4人は逃げ出す。1人残ったネメチェクは、悔しさと怖さの混じった顔で敵を見上げる(3枚目の写真)。ネメチェクは、立ち上がると、勇敢に、「そんな権利はないよ」と抗議する。しかし、胸ぐらをつかまれ、「聞こえなかったのか? 『ぶんどり』 だ!」と脅され(4枚目の写真)、もう1人に、「とっとと拾って渡せ」と迫られる。ネメチェクは、せめて逃げようとするが、足を引っかけられて地面に倒れこむ。「だから、拾って2人に渡したんだ」。それを聞いたボカは、「ひどい奴らだ」と認める。そして、「3時に原っぱで。そこで議論しよう」と言って、一旦家に帰る。そこに残ったのは、ネメチェクとチョーナコーシュ。チョーナコーシュは、「ちょい待ち、急ぐなよ。せっかくタバコ工場の前にいるんだぞ」とネメチェクを誘い、工場の明り取りの窓の桟にたまった粉を「嗅ぐんだ」と教えて、鼻の穴に入れる。そして、激しく くしゃみする。ネメチェクも真似してくしゃみをくり返す。「これ最高だね、チョーナコーシュ」。そして、踊り出す。「♪嗅ぎタバコってすごい。くしゃみが連発。つまんで嗅ぐと、鼻が熱くなって、何もかも忘れちゃう」。原作との違い: 原作には最後の歌詞までは書いてない。
   

ネメチェクは、少し早めに原っぱに行く。まだ、誰も来ていない。ここは、製材所の用地なので、奥の方には丸太が四角く積み上げられている。その脇の小屋にはスロバキア人の見張りが住んでいて、ヘクトルという犬を飼っている。そのヘクトルが、ネメチェクに寄ってきてワンワン吠える。「どうした、ヘクトル、何なんだ?」。ヘクトルはネメチェクを丸太の山に連れて行く。ネメチェクが山の上を見ると、1つの山のてっぺんの端から足が出ている。「おい、誰だ?」(1枚目の写真、丸太の山の雰囲気が良く分かる)。足はすぐに消え、返事がない。「なぜ答えない? バカにするな。ちゃんと見たぞ」。上にいるのは、「原っぱ」にいる権利のない誰かだ! そこで、ネメチェクは勇気を振り絞って丸太を登る。てっぺんに近くなると、ネメチェクは怖くなる。そこで、自分に、「怖がるな、ネメチェク」と言い聞かせる(2枚目の写真)。ネメチェクがてっぺんに手をかけて、上をのぞくと、そこには赤シャツを着たアーチがいた。敵のボスだ。それだけでも怖いのに、相手は、「怖がるな、ネメチェク」と、さっきネメチェクが自分に言い聞かせた言葉を、バカにしたようにくり返す(3枚目の写真、矢印は、パール街の少年団の旗)。ネメチェクは、そのまま下に降りる。ネメチェクが原っぱから見ていると、アーチは、団旗を盗み取ると、皮肉を込めて「怖がるな、ネメチェク」と言い、去って行く。原作との違い: なし。
  

3時を過ぎ、少年団の会合が開かれている。仕切っているのはボカ。1人立って報告させられているのはネメチェク。ボカは、アーチが何と叫んだのか尋ねる。ネメチェクは、「叫んだよ。『怖くないか、ネメチェク?』って」〔恥ずかしいので、変えてある〕原作によれば、「これでは、アーチ・フェリの方がびっくりして、『ネメチェク、怖くないのか?』と訊いたように受け取れる」とある。ボカ:「怖くなかったのか?」。「ううん。僕が砦の下まで行くと、反対側から降りて逃げちゃった」。さすがに、嘘もここまで来ると、すぐバレる。ゲレブが、「でたらめだ。アーチは誰からも逃げない」と指摘する。これでは、敵のボスを褒めているみたいなので、ボカは、「なんで肩を持つ?」と問責する。「肩なんか持ってない。アーチがネメチェクを怖がるなんて、ありえないからさ」。このゲレブの心ない言葉に、みんながゲラゲラと笑う(1枚目の写真、矢印はゲレブ)。ネメチェクは恥をかいただけだ。緊急報告が終わると、本来の議題になる。ボカ:「今日の選挙はゲレブの提案だ。意見があれば、投票の前に言って欲しい」。ゲレブが、生意気そうに言う。「起きたことを見れば、言わなくても分かる。昨日は博物館でパーストル兄弟、今日はここでアーチ、明日は一体どうなる? ここらで、奴らに教えてやらないと。それが意見だ。我々には団長が要る。全権をにぎる団長だ。実行力があれば、奴らに対抗できる」。ゲレブは、自分がトップでないと気が済まない。そこで、こうした提案をしたのだ。投票結果は、一番下の階級(従卒)のネメチェクが、1枚ずつ開いて、書いてある名前を読み上げる(2枚目の写真、矢印は投票用紙)。結果は、ボカに29票、ゲレブに3票。ほとんど全員がボカに入れたので、全員で当選を祝う(3枚目の写真、左端のゲレブだけが不機嫌)。原作との違い: ①ネメチェクの階級について、しっかり書かれている。「4,5ヶ所に砦があり、砦には、それぞれ大尉がいた。大尉、中尉、少尉、これが原っぱの軍隊組織だった。原っぱの中でただ一人の従卒は、小柄で金髪のネメチェクだった」〔映画では、中尉が最高位〕。②団長の必要性を説くのはゲレブではなくボカ。③投票結果は11票対3票なので、団の規模は映画の半分以下。
  

集会が終わると、ボカは、ゲレブに、「今日、体育館が終わったら相談したい」と声をかける。「何を?」。「これからどうすべきかだ。案がある。考えを訊きたい」(1枚目の写真)。ゲレブは、自分の肩に置かれたボカの手を気にしながら、「分かった。考えとくよ」と答える。体育館で。ネメチェクがボカに、「ボカ、今夜の計画は?」と訊く。「有志と、博物館の庭園に行く。島に忍び込み、『来たぞ』って紙を残してくる」。それを聞いたチョーナコーシュは、「危険だな。赤シャツの連中は 夜遅くまでいるぞ」と注意する。「分かってる。だから、夜 行くんだ」。「バシっと書いてやったらどうだ」。「紙には、怖れてないと書くだけだ」。体育館にゲレブが来ていないので、「ゲレブは、何か言ってなかったか?」とチョーナコーシュに尋ねる。「いいや、何で?」。「なぜ、体育館にいないのかな?」。「何も、聞いてないぞ」。体育の教練が終わった後、ボカと一緒にいたのは4人。ネメチェクは、「僕を 連れてってよ」と頼む。バカ言うんじゃない、ネメチェク。チビには、危険すぎる」(2枚目の写真)。ボカは、逆に、もう1人に、「来るか、チェレ?」と訊く。ところが、返事は、「できないよ、知ってるだろ、母さんは 体育館がいつ終わるか知ってる」という、言い訳めいた断り。ボカが、「君も帰るのか、チョーナコーシュ?」と訊くと、こちらは、「冗談かよ。俺はいつだって つき合うぜ」と頼もしい。ここで、ネメチェクが、再度チャレンジ。「僕もだよ、ボカ。役に立ってみせるから。ずっと従卒なんかで いたくない。みんな将校なのに、僕一人だけ従卒だ」と必死。ボカは、「従卒は 必要なんだ。従卒のいない軍隊なんかあるか?」と消極的。「そうだけど、なぜ僕なの? 他の誰かじゃなく。不公平だよ。僕にとって、これは何かできる好機なんだ。昇進も含めてね。なのに、機会すらもらえない」。2人で行くのは危険なので、ボカは渋々ネメチェクを加える。そして、約束の夜8時の直前になる。まだ、ネメチェクは現われない。ボカは、「あの、はな垂れ小僧… 降格してやる」といら立つ。チョーナコーシュ:「従卒から、どう降格する?」。「あんなに頼んでおいて」。「落ち着け。今、ちょうど8時だ」〔鐘が鳴り始める〕。「もう待てないぞ。放っといて 行こう」。そこに、乗り合い馬車の後ろにタダ乗りしたネメチェクが現れて、「ボカ、来たよ!」と叫ぶ。「何やってた?」。「途中で、ショーウィンドウのガラスを入れてたんだ。見逃せないよ。どう、この新しいパテ?」。ネメチェクは、原っぱのグループの中に作られた、一回り小さな「パテ・クラブ」に所属している。このクラブは、ガラスをサッシに固定する時に使うパテを大切に集めて、柔らかい状態で保管するという奇妙なクラブ。ガラスパテについてネット上で調べても、「始めは白い粘土のような状態で、時間をかけて固まります」とくらいしか書かれていない。つまり、放置すると固まってしまう。クラブの連中は、交互にパテの塊を口の中に入れて保湿しているのだ。ネメチェクは、「見て、クラブのものよりずっといいよ。すごく柔らかい」と言って、パテの塊をボカに見せる(3枚目の写真、矢印)。ボカは、「君らのクラブにはうんざりだ。バカげてる。パテ・クラブ? お笑いだ」と貶(けな)し、さらに、「そのために、任務を危険にさらすとは」と非難する。「危険? 8時ちょうどに来たじゃない」。原作との違い: ①「任務」があるのは、集会の日ではなく、翌日。②体育館のシーンは映画の創作。ゲレブが欠席するのは、翌日の速記の授業。③ボカは、最初からチョーナコーシュとネメチェクの3人で行くことにしている。だから、ネメチェクを侮辱するようなことは一切言わない。実際、映画のこの部分の台詞は、ボカの「人徳のある性格」とは乖離していて、違和感がある。④パテ・クラブの話は、もっと後で出てくる。
  

3人は、植物園〔Füvészkert、現在のブダペスト大学植物園/ロケ地は別〕を囲む高さ2メートル強の煉瓦塀の前に行く。赤シャツ隊の本拠地は、博物館附属の庭園の中にある。何とか塀の中に入ると、茂みがないので、しばらく這って進む。林の中に入りほっとすると、中に廃墟がある。ネメチェク:「本物なの?」。ボカ:「違う、偽物だ」。「偽物?」(1枚目の写真)。「廃墟として造られたんだ」。「最初に造られた時から、廃墟の形をしてたの?」。これは、庭園史に出てくる「人工廃墟」で、18世紀の半ば以降にヨーロッパの大庭園で流行したスタイル(映画の廃墟は暗くて見えないので、一番によく似たものを2枚目の写真に示す。世界遺産のヴィルヘルムスヘーエ城庭園内で私が撮影したもの。3人は池の端に近づく。島の中では、赤シャツの連中がゆっくり回っている(3枚目の写真)。「僕たちより、多いね」。ボカがオペラグラスを取り出して、様子を伺う。「何かの準備をしてるようだ… それとも、夜間演習か… 何てこった!」。「どうしたの? 何が見えたの?」。「右の奴だが…」。「誰なの?」。「いなくなった」。「それで、誰だったの? 誰を見たの?」。ボカは教えない。そこに、ボートを探しに行っていたチョーナコーシュが戻ってくる。次のシーンで、ボカとチョーナコーシュは、もうボートに乗っている。チョーナコーシュがネメチェクに呼びかける。「来いよ、チビ助」。「チビ助じゃない」。ボートは桟橋に近づき、ネメチェクは乗り移ろうとするが、バランスを崩して池に落ちる(4枚目の写真、矢印)。原作との違い: 赤シャツ隊の人数は原作では8人。パール街の人数は14人だった。映画では、パール街が32人、赤シャツ隊30人と、ほぼ拮抗している。
   

3人はボートで島に着く。チョーナコーシュは、いつでもボートで逃げられるよう待機し、ボカとネメチェクが赤シャツ隊の近くに寄っていく。近づくにつれ、話が聞こえてくる。「…原っぱは 二つに分かれてる。大きい方は、何もない広い空間だ。そこで、ボール遊びができる。もう一方は 製材所だ。ヤノはいるが、材木にしか関心がない。入り口は二ヶ所ある。一つは、パール街から入るんだが、これは難しい。入ったら、必ず閂をかける決まりになってる。もう一つは、マーリア街から。製材所の門だから、いつも開いてる。丸太の山を抜ければ 原っぱだ。だが、丸太の山の上が砦になっている」(1枚目の写真)「砦はかたく守られてる。だから、そこから入るのは勧められない。君達の来る時間を教えてくれれば…」。そこで、裏切り者の顔がクローズアップされる。ゲレブだ(2枚目の写真)。団長戦で惨敗したので、パール街に見切りをつけて、乗り換えたのだろう。「…原っぱには、僕が最後に入って、パール街の木戸を開けっ放しにしておくよ」。話を聞いたアーチは、「良さそうだ。俺は、奴らが全員いる時に原っぱを占領したい。戦い取るんだ」と言い、「そごいぞ、賛成!」の声が上がる。「奴らが守りきれば、奴らのものだ。だが、旗を掲げられれば、俺達のものだ」。この話を聞いたネメチェクは大きなため息をつき、ボカから叱られる。そして、「エルネー〔ネメチェクのファーストネーム〕、今見たこと、誰にも言うなよ」と誓わされる。カンテラだけ残して全員がいなくなると、ボカは、カンテラまで1人で行き(3枚目の写真)、火を消し、「我らパール街より来たり」と書いた紙を置いてくる。原作との違い: アーチの言葉は、もう少し長い。「原っぱに誰もいない時、占領したいとは思わないからな。正々堂々と戦って、遊び場を手に入れたいんだ」。この後に映画の文言が入る。さらに、「我々は、むやみに欲張るわけじゃない。それだけは、覚えておいてくれ」と続く。彼が、誠実な人間だと分かる。
  

しかし、アーチは戻って来て、火が消えていることに気付く。置き紙もある。「パール街の奴らだ! 奴らがここにきた!」。島に架かる橋の歩哨が呼ばれる。「報告します。橋を渡った者はいません」。「ボートで来たに違いない。ヴェンダウェル、木に登って見回せ。パーストル兄弟は、橋まで降り、左右に分かれて池を探れ。全員、後に続くんだ!」。ボートは桟橋に着いたのが 見つかる。「ボートが向こう岸に着いた。3人いるよ!」。3人は必死に逃げる。植物園なので温室は付き物だが、3人はその中に逃げ込む。池に落ちてずぶ濡れのままのネメチェクは、温水を送るパイプに抱きつき、体を温める。チョーナコーシュが不注意で、バケツにぶつかって大きな音を出すと、暗いせいだと思ったネメチェクは、「今、マッチを点ける」と言って、火を点けてしまう(1枚目の写真)。これでは、外から見て、中に誰かがいるとすぐバレる。ボカは、「何てバカなことを!」と、すぐに消すが、時すでに遅く、「この中にいるぞ!」の声が聞こえる。「隠れろ」。「ボカ、僕 どこへ?」。「水に潜れ。どうせ濡れてる」。温室の中には、水生植物用の水槽もあり、ネメチェクは、その中に隠れる。温室の前まで来たアーチは、「パーストル兄弟はそこ、セベニッチと俺はもう一方からだ」と2方向から温室に突入する。「絶対、この中にいる。棚を全て当たれ。隅から隅まで」。当然、ネメチェクの隠れている水槽にも、赤シャツ隊の武器の木槍が突っ込まれる(2枚目の写真。赤い矢印は槍の根元の赤い布、黄色の矢印は葉陰のネメチェク)。そのうち、セベニッチが何かと間違え、温室の外を指して「あそこだ!」と叫ぶ。「誰かが出て行った」。全員が温室から出て行く。ネメチェクは、ボカに引き揚げられるが、2度目の水槽は時間が長く、体の芯まで冷え切ってしまった(3枚目の写真)。温水パイプを抱いて、「ボカ、水、冷たかった。凍えそうだ」と震える。原作との違い: あまりないが、強いて言えば、①セベニッチは、積極的に外だと言わず、「もうずっと前に、いなくなったんじゃないか」と示唆するだけ。②温室から、どう逃げたかも書いてある。そこでも、セベニッチが誤報を出している。
  

映画でも、原作でも、一番つまらない部分。翌日、1時の終業ベルのあと、6人の生徒が呼び出しを食う。教員室に連れて行かれた6人は、教師から厳しく糾弾される。「クラブは絶対作るなと言ったはずなのに、なぜ始めたのか訊きたいものだな。誰が始めたんだ?」。ヴェイスが、「僕が始めました」と正直に答える。「『パテ』というのは、いったい何なんだ?」。ヴェイスは、バッグから紙で包んだ丸いものを取り出し(1枚目の写真、矢印)、机の上に置く。教師は、木の定規で紙を開いて中身を見る。黄土色のぬめっとした塊なので、見ても分からない。「これは何だ?」。「窓枠にガラスをはめる時に塗るものです。塗ってすぐだと、爪で削れるんです」。ヴェイスの説明は、長々と続く。その中で、彼は、パテの塊が硬くならないよう、毎日1回噛み続けたと話し、教師は呆れる。会則によれば、「会長が噛むこと。最低1日1回。柔らかくするため」とある。教師は、「だから、柔らかくするのか? 途方もない話だ! バカげとる」と言い、さらに、「会計係は?」と訊く。教師は、会計係の持ち物を全て机の上に並べさせる(2枚目の写真、矢印はパテの塊、右側が、灰皿と定規以外は全て会計係の持ち物)。「このお金は どこから?」。「会費です。週に5クロイツァーです」〔5クロイツァーの現在価値は、調べたが不明〕。ハガキ、切手、収入印紙もある。話の中で、クラブのスタンプまであることが分かり、スタンプ係も提出・没収される。全てを失ったクラブ員が廊下に出て行くと、そこにはボカが持っていた。クラブのことを心配したからではなく、「原っぱ団」という、もっと大きな集まりの存在がバレなかったかを心配したため。ヴェイスが、「終わりだ。パテも、お金も、スタンプもなくなった」と言い、会計係が「ひとかけでも、パテがあれば…」と言った時、ネメチェクが、「あるよ」と言って、口に咥えていたものを出す(3枚目の写真、矢印)。みんなは、「何てきれいで、新鮮なパテだ!」と感激。「どこで見つけた?」と訊かれたネメチェクは、「教員室の骸骨の後ろ。新しい窓枠があった」と答える。これは、映画の脚本の失敗。原作では確かに「骸骨の後ろの新しい窓枠」になっているが、映画では、昨夜8時前に、ネメチェクは寄り道してパテを取ってきてボカに見せている(原作にはない)。本来なら、そのパテを見せるべきだ。原作との違い: うんざりする長い教師とのやりとりが半分以下の話に減らされた。
  

原っぱに行ったパテ・クラブのメンバーの間で口論が起きる。きっかけは、会長(ヴェイス)が、「内規の変更を提案する。投票で決めよう」と言い出し、「今後、パテを噛む役は、会長ではなく会計が負うものとする」と規約案を勝手に言い出したこと。これに対し、会計係(コルナイ)が猛烈に反撥する。「何で会計なんだ?」。会長:「なぜ、会長なんだ?」。会計係:「なぜ、会計なんだ?」(1枚目の写真)。そして、責任回避で、「スタンプ係じゃ、なぜいけない?」と、矛先を振る。今度は、スタンプ係(バラバーシュ)が、「やなこった。何でスタンプ係が 噛むんだ? お前の告げ口のせいで、スタンプを取り上げられたんだぞ」。ここでまた、告げ口をしたか、しないで言い争い。会長:「誰が噛むことにする?」。自分に番が回って来ないように、別の子が、「書記が噛むってのは、どうだ?」と提案する。書記とは、従卒のネメチェクのことだ。もう1人の別の子も、「それがいい。最高の解決策だ」と賛成。でも、これだけ嫌がるのなら、なぜクラブを続けたいのだろう? 6人中、最後に残ったネメチェクは、「僕は、パテを噛むのが 書記の仕事だと総会で決まれば、喜んでパテを噛むよ。それは、名誉であると同時に、責任でも…」と言いかけたところで、ゲレブが、「ヤノ!」と何度も叫ぶのが見に入る(2・3枚目の写真、矢印はゲレブ)。昨夜、ゲレブの裏切り発言を聞いていたネメチェクは、何かの陰謀ではないかと疑う。原作との違い: パテ・クラブのみっともない論争は、映画だけのもの(いい加減、やめて欲しい)。
  

ネメチェクは、何事かを確認しようと、パール街の木戸に向かう。会長は、発言の途中なので、「書記君、話を続けてくれ」と命じるが、ネメチェクはそれを無視し、木戸から外に出る。そして、大急ぎでマーリア街の門から中に入り、ヤノの小屋の裏に隠れてゲレブの背後から様子を伺う。ゲレブは、ようやく現われたヤノに、「今日は、ヤノ」と、いつもになく丁寧に話しかける。「今日は坊っちゃん。ご用命は?」(1枚目の写真)。「冗談言うなよ、ご用命だなんて。お願いがあるだけだ」。「言って下せえ」。「ヤノ、君、葉巻好きだろ?」。「面白い、坊っちゃんですな。嫌いな者が、おりますか?」。ゲレブは、みんなに見えないよう、こっそりと3本の葉巻を取り出してヤノに渡す。「ヤノが葉巻を吸うのは、軍事教練以来ですだ」。「手伝ってくれたら、もっと葉巻がもらえるぞ」。「何を するんで?」。「あいつらを、原っぱから追い出してくれればいい」(2枚目の写真)。「追い出すんで?」。ネメチェクは、2人が小屋の陰に場所を移したので、話を盗み聞こうと、屋根に登っている(3枚目の写真)。「そうだ。だが、誰にも言っちゃダメだぞ」。「なぜ、追い出すんです?」。「他の連中が、ここに来たがってる。金持ち連中だ。山ほど葉巻がもらえるぞ。好きなだけ。お金もだ」。原作との違い: ①スロバキア人のヤノは、ゲレブの提案の後、「分かった、追い出してやろう」と賛成する。映画では、その前でシーンが変わる。
  

ネメチェクは、この緊急事態を、すぐボカに伝えたいので、チョーナコーシュに、「ボカは どこ?」と訊くが、「まだだ。どうした? 家が火事になったか?」と、真面目に取り合ってくれない。ネメチェクが、外に出て捜しに行こうとすると、クラブの会長が、「従卒! 止まれ!」と叫ぶ。ネメチェクは、直立不動になって、「はい、中尉殿」と言わざるを得ない。「従卒、来い」。会長は、「原っぱ団」での地位と、クラブとをごっちゃにして濫用している。「僕らは、今、パテ・クラブを秘密結社にすると決めた。書記君が、今の地位を保持したいなら、これから、僕らと一緒に秘密を誓ってくれ。今度 先生に見つかったら…」。ネメチェクは、我慢できなくなる。クラブより原っぱの方が、ずっと重要だ。そこで、「会長さん、ごめん。今、時間がないんだ」と話の腰を折る(1枚目の写真)。そして、そのまま、パール街の木戸に向かう。クラブの連中は、口々に、「書記君!」。「従卒!」。「ネメチェク! 従卒、止まれ!」と叫ぶが、ネメチェクは無視して木戸から出て行ってしまう。残されたのは、片意地で、自分勝手で、意地悪な連中ばかり。中でも、最悪のコルナイは、「名誉あるクラブは、ネメチェクの恥ずべき言動を目撃した。僕は、ネメチェクを臆病者と宣言する」と喚く。もう一人タチの悪い少年が、「裏切り者だ!」と罵る。それを受けて、コルナイは、「あの、臆病な裏切り者の除名を提案する。そして、あいつの名前を、秘密の議事録に小文字で記録する」と、過激化。「会長なら、裏切り者を成敗できないはずないじゃないか!」と突き上げる〔パテをもらった恩を完全に忘れている〕。会長は、仕方なく、「賛成の者は、手を上げて」と決を取る。自分以外の全員が手を上げたので、会長も手を上げる(2枚目の写真)。「公証人、名前を小文字で書き、最後に裏切り者と記せ」。その結果、秘密の議事録に、「1902年4月23日/ねめちぇく・えるねー〔小文字〕/ÁRULÓ(裏切り者)!!!」と書かれてしまう(3枚目の写真)。原作との違い: ①最初に糾弾するのは、コルナイでないなく、会長ヴェイス。
  

ネメチェクは、ボカを捜し当てる。そして、「彼と、一対一で話せば、誰にも漏れない。君が どう話すかに、全部かかってる」と説得するが、返事をもらう前に、苦しそうに咳く。ボカは、「エルネー、大丈夫か?」と心配する(1枚目の写真)。「咳すると痛いんだ。滑稽だよね」〔肺炎の初期症状/ブダペストの4月20日頃の夜の気温は4~8℃〕。2人が原っぱの木戸に戻ると、ゲレブが出て行くところだった。ネメチェクは、「彼、また、あそこに行くんだ」とボカに言う。「あいつらを連れて来て、原っぱを奪い取る気だ。あっちの方が強い」。しかし、ボカは考え込んで動こうとしない。「どうするの? 原っぱは、どうなるの?」と訊いても(2枚目の写真)、「分からない」としか言ってくれない。「分からない? 分からなきゃ! 聞いてるボカ? 君が分からなかったら、誰に分かるんだ?!!」(3枚目の写真)。ボカは、表情一つ変えない。ネメチェクは、覚悟を決める。原作との違い: ①ネメチェクが咳のことをはっきりと述べる。「風邪を引いてるんだ。植物園でひいちゃったらしい。池に落ちた時は まだ大したことはなかったんだけど、温室で水槽に潜った時がいけなかったらしい。水がとても冷たくて、寒気がしたんだ」〔ボカの責任〕。②ボカの最後の言葉は、その前の、ネメチェクの、「みんなはまだ、何も知らないんだね」を受けて、「うん、知らないんだよ」と言う。映画の、突き放したような、「分からない」とは違う。最後の言葉は、「ああ、今度は、どうしたらいいんだろう?」。ボカは苦しんでいる。ネメチェクは、覚悟を決めるのは同じ。
  

その夜、植物園の島では、赤シャツ隊の会合が持たれていた。武器庫の将校が、立って報告する。「報告します。隊長殿が パール街の連中から奪って来られた赤と緑の旗が、武器庫から なくなりました」。アーチは、「足跡は?」と問う。「ありました。決められた通り、廃墟には、毎晩 細かい砂をまいています。今日調べたところ、小さな足跡を見つけました。我々の中で一番足が小さいヴェンダウェルより、小さな足跡でした」。パーストル兄が、「奴ら、旗を取り戻しに、誰か 送り込んだな」と言う。アーチは、「何か知ってるか、ゲレブ?」と訊く。「ぜんぜん」。「では、報告を聞こう」。ゲレブは、座ったまま話し始める。「案があるんだ…」。アーチが、鋭く言う。「報告は、立ってしろ」。「案があるんだ。それをすれば… たぶん… 戦わずに、原っぱが手に入る」(1枚目の写真)。ゲレブは、ヤノを買収できたことが得意でならない。アーチは、「『戦わず』とは、どういう意味だ? 分からんな」と、不審がる。「賄賂を… 年寄りの番人に… 製材工場の警備員なんだ。彼が、追い出してくれる」。それを聞いたアーチは、「君には、赤シャツ隊が 分かってないようだな。我々は、賄賂や駆け引きなど 絶対しない。我々は、正々堂々と戦って、勝ち取るんだ」と、ゲレブの案を全否定する(2枚目の写真)。将校の1人は、「賢い紳士の坊や。君の脳みそは、どこにある? パンツの中か?」と蔑み、隊員は大笑い。この頃から、ゲレブは劣勢に立たされる。「低脳坊やだ」。「俺達が、お前みたいな卑怯者だとでも?」。アーチ自身も、「意気地なしは 出て行け」と見放す。ゲレブは、「意気地なしじゃない。君達の仲間だ。忠誠を誓うよ」と、何とかアーチをつなぎ止める。アーチは、全員に通達する。「攻撃の日は、明後日だ。全員、ここに集合しろ。半数は、マーリア街から入り、砦を強襲して奪取する。ゲレブは、残りの半数を、パール街の木戸から入れろ。予想外の攻撃で、奴らは混乱する。奴らは、逃げ出すか、丸太の山に閉じ籠もるだろう。容赦するな」。素晴らしい両面作戦に、隊員達から賛辞が上がる。アーチは、ゲレブに、「パール街の連中は、君のことを疑ってないか?」と尋ねる。「そうは思わない。今日も、一緒だった」(3枚目の写真)「たとえ疑ってても、声に出して言うもんか。勇敢な奴なんか一人もいない」。原作との違い: ①会合は、その日の夜ではなく、2日後。②ゲレブの案に対し、アーチは最後に、「そんなことはまっぴらだ! 何て卑劣な話なんだ!?」と、直接強く非難する。逆に、隊員は何も言わない。③ゲレブが誓うと、中尉に任じられる。裏切った割には、地位が低い。④最後のゲレブの言葉は、映画では分かりにくい。「たとえ疑ってても」の後に、「みんな、僕を怖がってるから」の一言が入っているので、その後の「勇敢」云々と、スムースにつながる。
  

ゲレブの、自慢たらたらの言葉が終わった直後、「あいにくだな」という声が、どこかからか聞こえる。アーチは、「誰だ?!」と叫ぶ。木の上から、「僕だ」と声がし、縄梯子が下ろされると、そこからネメチェクが降りて来る(1枚目の写真)。ゲレブは、あまりの意外さに、思わず、「ネメチェク」と声を出す。「そうさ。パール街で一番の臆病者。ヴェンダウェルより小さな足の持ち主だ」(2枚目の写真)。ネメチェクは、周りを取り囲む隊員を見てから、「僕らの旗を取り戻しに来た。これさ。見るがいい」と言って、武器庫の廃墟から盗み出したパール街の旗を見せる。「今や、君らは、僕を好きにできる。殴り殺すか、腕をもぎ取るがいい。旗は絶対渡さないぞ」。隊員達が、ネメチェクを囲んで旗を取り上げようとするが、アーチは、「放してやれ」と命じる。「彼が気に入った。君は勇敢だな、ネメチェク。我々の仲間にならないか? 中尉として迎える。どうだ?」と言うと、立ち上がってネメチェクの前まで行き、手を差し出す。「同意の握手だ」(3枚目の写真、矢印は旗)。原作との違い: ①ネメチェクの最初の説明がもっと長い。足の小ささを言った後、「僕は、ここにもう3時半から潜んでいたのさ。君たちがみんな行ってしまうまでは、声を出さないで木の上に隠れているつもりだったんだ。だけど、ゲレブが、僕たちの中には一人も勇敢な奴はいないなんて言ったんで、黙っていられなくなったんだ」と言う。この言葉があった方が、ネメチェクの勇敢さがよく分かる。
  

ネメチェクは、「ありがとう」と礼節を守った後、「イヤだ」と断る。アーチ:「好きなように。イヤなら、それでいい」。そして、パーストル兄が、ネメチェクの腕をねじ上げて旗を奪う(1枚目の写真、矢印は旗)。「弱々しいから殴るのはやめ、少し水に入れてやれ」。隊員達は面白がってはやし立て、パーストル兄弟は、「面白いぞ。泳がせてやる」「寒いぞ、チビ助」「足を持て」と言い、隊員達の、「1、2、3」の掛け声で、池の中に投げ込む(2枚目の写真、矢印はネメチェク)。隊員達は大笑い。ネメチェクは、できる限り早く池から出ると、風邪が悪化しないようにズボンの水気を絞る。そこに、ゲレブが、「気に入ったか?」と残酷な声をかける。ネメチェクは体を起こすと、真っ直ぐにゲレブを見て、「もちろん。そこで 笑ってる奴〔ゲレブのこと〕になるより、ずっと良かったさ。友だちを裏切って 敵と手を組むくらいなら、ずっと 首まで浸かってる方がいい」。今度は、パーストル兄弟を見る。「強い奴が勝つ。いつだってそうなんだ。パーストル兄弟が、博物館で 僕らからビー玉を奪えたのも、強かったからさ」。次に、アーチを見る。「今だって、30対1だから、僕を好きにできる。溺れさせようが、殺そうが自由だ」。ここで、振り向いて、もう一度ゲレブを見る。「だが、僕は、誰かみたいな裏切り者にはならない。そこにいる…」。そして、ゲレブに向かって腕を伸ばして指差す(3枚目の写真、矢印の先にゲレブ)。この間、隊員達はシンとして、言葉もない。ネメチェクが、一番カッコイイ場面。原作との違い: ①ネメチェクが池に放り込まれる前に、説明文が入っている。「彼は、風邪を引いて、何日も咳をしていた。お母さんに、今日は決して家から出てはいけないと言われていたのだ」「しかし、そんなことは、決して口に出したくなかった」。②ネメチェクのゲレブに対する鋭い言葉は、映画化にあたり3分の1以下に削られた。パテ・クラブの不毛な会話をダラダラと続けるより、こちらの方をもっと取り上げて欲しかった。
  

ネメチェクは、「僕を殴らないのかい? 帰るよ?」と声をかける。誰も何も言わない。ネメチェクが橋に向かおうとすると、アーチは、「敬礼! 捧げ槍!」と命じ、ネメチェクの勇気に敬意を表する(1枚目の写真)。一方、面目丸潰れのゲレブは、アーチに向かって、「フェリ〔ファーストネーム〕、できれば、もう一度、戦略を確認しておきたい」と声をかけるが、アーチは何も言わずに背を向ける。パーストル兄弟に対して、「あんなガキの言ったこと、気にとめてないよな?」と言うが、こちらも、そっぽを向かれる。「みんな、あの…」。隊員全員が背を向ける。まさに、四面楚歌だ。仕方がないので、「僕も、帰るよ」と言うが(2枚目の写真)、返事はないので、しょんぼりと帰路につく。邪魔者がいなくなると、アーチは、攻撃対象をパーストル弟に向ける。「君は、あの子からビー玉を取り上げたのか?」。「はい」。「兄貴も、いたのか?」。今度は、兄が、「はい」。「『ぶんどり』だな?」。「はい」。「赤シャツ隊では、小さな子からの『ぶんどり』は禁止してなかったか?」。そう言うと、兄弟に池に入るよう命じる。笑い声を上げた隊員には、「笑う奴は、そいつも一緒に入れ!」と命じ、辺りは静寂に包まれる。「前進。池に入れ。首までだ」(3枚目の写真)。原作との違い: ①ゲレブは、動揺のあまり、ほとんど何も言わずに立ち去る。
  

翌日、ネメチェクから報告を受けたボカは、原っぱに貼り紙を出す(1枚目の写真)。そこに書かれてある内容:「声明! 原っぱの危機だ! 赤シャツが奪取を狙っている! 我々は、陣地に赴き、命を懸けて守り抜くのだ! 全員が、義務を果たせ! 団長」。全員が集合し、ボカは、「只今より、非常事態を宣言する。僕は団長をやめ、将軍の肩書とする」と言うと、チェレの姉に作ってもらった白地に赤と緑の帯の付いた帽子を被る。「今日は、準備に万全を尽して欲しい。それしか、戦いに勝てる望みはない。全員に、宣誓してもらう。立ってくれ」。風邪がひどくなったネメチェクは、さっきから何度も咳いていたが、ここでまた大きな咳をして(2枚目の写真)、「ごめん」と謝る。ボカが誓いの言葉を述べ、全員に復唱を求める。「敵に対し… 原っぱのため… 全力で戦うと… 誓います」(3枚目の写真)。原作との違い: ①貼り紙の文章は倍の長さ。②パテ・クラブで、新会長のコルナイが、パテを噛まなかったため、使い物にならなくなる。そして、バラバーシュは問責のため、総会の開催を求める。
  

全員が座ると、1人が手を上げる。「質問があります。将軍、ここには全員います… ゲレブを除いて。彼はどうなります?」。「ゲレブは 裏切り者だ。彼は、赤シャツに内通した」。「内通? どうやって?」。「最低の話だ。後で話そう。今は、もっと重要なことがある」。そう言うと、ネメチェクに、「従卒、作戦図を」と命じる。鼻をかんでいたネメチェクは、1枚の紙を胸から取り出し、ボカに渡す。「戦闘中を通じ、僕は副官と共にいる。命令は副官を通じて伝達する。ラッパ手への合図もだ。副官からの伝達は、僕の命令だと思って守るんだ」。「副官は誰ですか?」。「ネメチェクだ」(1枚目の写真)。ざわめきが拡がる。それは、特に、パテ・クラブで激しい。文句言いで卑劣漢のコルナイは、「バラバーシュ、何か言えよ。こんなのバカげてる」と投げかけ、バラバーシュは「何で俺なんだ? 言いたきゃ、自分で言えよ」と断る。コルナイは、「ヴェイス言えよ。リヒターでもいい。こんなの我慢できない」と、また人任せ。ボカは、コルナイのブツブツ声に気付き、「コルナイ、何だ? 何か言いたいのか?」と尋ねる。コルナイが黙っているので、リヒターが、仕方なく、「パテ・クラブの前の総会で、僕らは…」と言いかける。その話もネメチェクから聞いていたボカは、「彼を裏切り者扱いして、議事録に小文字で記録したんだろ? これは、パテ・クラブの愚かさの象徴だ」と、発言を遮り、辛口の批判をする。会長のヴェイスは、「いいですか、我々を侮辱するんじゃなくて、理由を調べるべきじゃないかと…」と発言するが、ボカは、「今は非常事態なんだ。山ほど作業がある。議論している時間はない。戦事中は、パテ・クラブの活動停止を命じる」と、嫌いなクラブを閉鎖させる。コルナイは、「僕は出てくぞ。こんなこと、我慢できん!」と立ち上がる。他の2人も続く。ボカは、「バテ・クラブの諸君には、宣誓下にあることを警告する。破壊分子は、軍法会議にかけるぞ」と強弁する。「軍法会議なんかに何ができる?」。チョーナコーシュは、「軽くても、去勢だな」と、ナイフをかざして脅し、クラブ員以外の全員が笑う。ボカは、さらに、「コルナイ中尉を召喚し 降格処分とする。クラブの秘密資金2フォリント97クロイツァーも引き渡せ」とクラブを消滅させるような発言に及ぶ。このゴタゴタが終わった後、ようやく作戦の説明に入る。ボカは、作戦図のまわりに全員を呼ぶ(2枚目の写真)。3枚目の図は、原作に掲っている図(大きな字 “A Grund” は、原っぱ。一番下の “Pál-utcai kapu” は、パール街の門。左上の→の右の “Mária-u. kapu” は、マーリア街の門。その右に縦に3つある四角に付けられた文字は、上から、荷馬車小屋、製材所、ヤノの小屋。その右に3×4で並んでいるのが材木の山だ。赤線は映画に準じた訂正。右の壁の一部は後退し、×印はパテ・クラブの集会場(後退しない部分は建物で、複数の扉がある)。その上にある建物を貫く「」は、後で出てくる閂のかかる扉。2枚目の写真の図も、ほぼ同じだが、3列の「材木の山」の途中が赤く塗りつぶされている。「スパイの報告によると、敵は、パール街とマーリア街から同時に攻めてくるらしい。丸太の山は全て砦とし、砂爆弾を用意しておく」。「丸太の山の間の『赤い四角』は何ですか?」。「新しく作る丸太の山だ。丸太の山を連続させないと」。全員で、丸太の山を連続させ、3つの「山脈」にする。工事が完成に近づいた時、横にいた副官のネメチェクが激しく咳く。ボカは、「マフラーを首に巻くんだ、エルノー。風邪が ひどくなったな」と優しく声をかける。「何でもないよ。すぐ治るから」。「君の多大な貢献を、あいつらは知らない。これが終わったら、昇進の式典の時に発表しよう」。そう言いながら、ボカは、ネメチェクの首のまわりにマフラーを巻きつける(4枚目の写真)。原作との違い: ①作戦図を前にした説明はずっと詳しくて長く、具体的。②ネメチェクの副官に対するパテ・クラブの反撥は、こんなにくどくない。「パテ・クラブの前の総会で、僕らは…」の後、ボカが、「もうたくさんだ。黙りたまえ。ばかばかしい。ネメチェクは僕の副官だ。命令に対して一言でも不平を言う者があれば、軍法会議にかけるぞ」と怒鳴り、それで終わり。映画は、くど過ぎる。しかも、この時点でボカはネメチェクがクラブから受けた辱めを知っていた訳ではない。ボカが知らされるのは、マフラーを首に巻いてやった後。
   

ボカが、後ろ二列の砦の少年を、最前列に移らせ、かかった時間を測っていると、パール街の木戸をあけてゲレブが入って来る。「君と話したい」。「話すことなど何もない。その木戸から、出て行ってくれたまえ」。「ヤーノシュ〔ファーストネーム〕、僕は友人として来たんだ」。「友人として ここに来ることなど、できないはずだ」。「旗を返しに来たんだ。アーチが持ち去り、ネメチェクが、昨夜 取り返し、パーストル兄弟に奪い取られた旗だ」。「旗を、石の上に置くんだ。それは、返却する。旗は、僕達で取り返す… 勝てればな。君から受け取る気はないし、君も要らない」。「ヤーノシュ、僕は、ひどい間違いを犯した。でも、許して欲しいんだ」。ボカには許す気は全くない。ゲレブは泣き始める。「泣くなゲレブ。僕の前で 泣いて欲しくない」。「なぜ、過ちを償(つぐな)わせても くれないんだ?」。「裏切りは、償えない。『過ち』じゃない。もっと大きなものだ」(1枚目の写真)。ゲレブは、木戸から出て行く。息をひそめて成り行きを見守っていた団員達は、ボカが一歩も引かなかったことで、「将軍、ばんざい!」と喝采をあげる(2枚目の写真)。しかし、その後、ネメチェクは気を失って倒れてしまう。ボカは、ネメチェクを家まで送っていく(3枚目の写真)。ネメチェクは、高熱のため、寄り添われて歩きながら幻影を見て、奇妙な行動を取り、ボカを心配させる。原作との違い(一番大きい): ①ゲレブの父親が現われ、息子が「裏切り者」扱いされているのが本当かどうか訊きに来る。父親は、目撃者であるネメチェクに、「息子は、裏切り者なのか?」と厳しく質問する。高熱で苦しんでいたネメチェクは、ゲレブのために、「いいえ、違います」と嘘を付く。父親は満足し、ネメチェクは ボカに付き添われて帰途に着く。②翌日、ボカが、将軍を名乗った後、ゲレブからの使いの女性が手紙を持って来る。非常に長い手紙だが、その中で、前日の夜、ゲレブは、ネメチェクがやったように木に登って赤シャツ隊の会合を盗聴し、作戦計画を敢えて変えないと聞いたと書く。そして、従卒に降格されても構わないので一緒に戦いたい旨、書き綴ってある。それを読んだボカは、手紙を団員に読んで聞かせ、ゲレブの復帰を認めることで総意を得る。そして、ゲレブは、リヒテルの部隊に従卒として加わる。映画では、話が複雑になるので、全てカットしたのであろう。
  

その夜、ボカの軍使3人が、赤シャツ隊の島に架かる橋に行く。歩哨:「止まれ! 誰だ?」。チェレ:「軍使だ」。チョーナコーシュ:「白旗が見えないのか? 間抜け」。歩哨が叫ぶ。「軍使が来ました」。笛が4回鳴らされる。通路を塞いでいた槍が下がる。3人は島に向かって進む(1枚目の写真)。チェレ:「我々が奪われた旗を 返しに来た。戻ったが、方法が不適切だった。明日、戦闘に持参されたい。我々が奪い返せれば、それでよし。駄目なら、そちらのもの。我々の将軍からの伝言です」。アーチは、旗を回収し、「明後日、戦闘時に、セベニッチが旗を持参する」と返答する。戦闘は、明日のはずだったので、チェレは驚いて、「明後日? 分からないな。スパイの報告によれば、明日だと聞いた」と質問する。「最終案が決定されるまでは、全ての案が検討される」。「正式な通告と解釈してよろしいか?」。「正式な通告だ。明後日の午後3時」。「感謝する」。チェレは、もう1つの懸案を出す。それは、戦闘法の合意だ。戦い方は、①砂爆弾、②組討ち、③槍合戦の3つだけ。両肩が地面についたら負け、その兵士はもう戦えない。槍での殴り合い、穂先での突き刺しは反則。一人にニ人がかかってはいけないが、集団戦は構わない。この条件で、双方が合意する(2枚目の写真)。アーチは、最後に、「質問がある。旗を持ち去ったのは、ゲレブだな?」と尋ねるが、チェレは、「悪いが、答える権限が与えられていない」と、返答を回避する。原作との違い: ①軍使3人は、赤シャツ団からパール街に来る。代表は、パーストル兄。合意内容は同じ〔なお、ゲレブが盗んだ旗は、ボカの軍使が、もっと後で返しに行く〕。②軍使の来訪は、当日の夜ではなく、翌日。そして、戦闘は、その翌日に延びた〔ネメチェクが潜入した夜から数えれば4日後に変わりはない〕。③軍使は、最後に、「ネメチェクが病気だと聞いているが、もし病気なら、見舞いに行くよう総司令官から命令されてきた。ネメチェクは敵ながら、この間は、実に勇敢な振る舞いをしたからな」と質問する。この部分は、映画に取り入れて欲しかった。というのは、次のシーンが、唐突に思えてしまうからだ。
 

翌日、パーストル兄弟、セベニッチの3人が、ネメチェクの家までくる〔アーチの部下で最高位の3人〕。ドアの横には、「紳士服〔英語〕/ネメチェク・アンドラーシュ/仕立屋/達人」というブリキ板が掲げてある。ドアを開けたネメチェクの母に、パーストル兄が、「ネメチェク・エルネーに会いに来ました」と告げる。「とても悪いの。高い熱が続いてるわ。でも、入ってちょうだい。きっと、喜ぶわ」。貧しくて狭い家では、父親が洋裁をしている部屋の片隅でネメチェクが寝ている。母が、「エルネー、お友達よ」と声をかける。顔を上げたネメチェクは、パーストル兄弟の姿を見てびくつく。「旗は 持ってないよ」。「だから来たんじゃない」(1枚目の写真)。「じゃあ、なぜ?」。「アーチ・フェリが、よろしくと言ってた。早く良くなるようにと」。その言葉で、ネメチェクは幸せになる。「君たちを寄こしたの? アーチ・フェリが? わざわざ?」(2枚目の写真)。「そうだ」。「ありがとうと、伝えてね」。「伝える」。「ボカが言ってた… 戦いが明日に延びたって。そうなの?」。「そうだ」。「よかった。明日なら行ける。僕、治るよね、母さん?」。母は、この言葉を聞くと、悲しくなって玄関室〔狭い部屋〕に行ってしまう。父に、「良くなりたいんなら、毛布をかぶって寝てるんだ」と言われたネメチェクは、ベッドに横になる。パーストル兄は、「俺… 君に返す物がある」と言い、ポケットからビー玉を取り出すと、脇机の上に置きながら、「俺達を 恨まないでくれ」と付け加える。「恨むなんて… ぜんぜん。ちょっと怖かっただけ」(3枚目の写真)。それだけ言うと、ネメチェクはくたびれて眠ってしまう。3人が玄関室に戻ると、壁を向いて泣いていた母は、気をとり直し、「あなた達、良い子ね。坊やに あんなに優しくしてくれて。すごく喜んでた。ありがとう」とお礼を言う。そして、「お礼に、熱いチョコレートを召し上がれ」と言いながら、コップに注ぎ始める。しかし、パーストル兄は、「ありがとうございます。でも、僕らは、チョコレートを頂くに値しません」と、丁寧に辞退する。そして、「行くぞ」と命令し、家から出て行く。原作との違い: ①原作は、パール街に来た軍使3人が、そのままネメチェクの家に行くので、流れがいい。映画だと、唐突な感じは否めない。ただし、内容はほぼ同じ。パーストル兄の最後の辞退の言葉は感動的。これだけ良い台詞は、映画の中でも、滅多にお目にかかれない。
  

授業後の学校の廊下で。ボカが立て続けに、確認を取っている。①「ロープは十分用意したか?」。「敵をぐるぐる巻きにするくらい」。②「ボカ、閂の仕組み、すごいね」。「仕組み、理解してるのか?」。「してるよ」。「素早く動かせることが、大事なんだ」。「分かってるって」。③「チョーナコーシュ、バラバーシュ、パーストル兄弟は君達に任した」。「あいよ」。④「全ては、計画通りにやれるかだ。怖くて逃げるふりだぞ」。「分かってるって。いつ走り出すの?」。「ラッパの合図があったら」。これらは、全て巧妙な作戦に関わるものだ。一方、砦の上では、チョーナコーシュが特製の砂爆弾を作っている。「砂爆弾は、蜂蜜水でこねるんだ。砂が固まる。それがコツなんだ」(1枚目の写真、砂爆弾の山の後ろに、3本の蜂蜜水のビンがある)。約束の3時になる。見張りが、「来たぞ!」と叫ぶ。ボカが自らラッパを吹き、それに答えて、パール街側の木戸をわざと開放する(2枚目の写真)。木戸を開けた2人は、全力で疾走し、砦の前に掘られた塹壕に飛び込む(3枚目の写真)。アーチとセベニッチの部隊が、開いた木戸の前に二列縦隊で到着し、「右向け右!」で原っぱを向く。その後ろを、パーストル兄弟の部隊が、同じく二列縦隊で通過し、マーリア街の出入り口に向かう。助っ人をボカに申し出て断られた上級生6人が、煉瓦の建物〔ヤノの小屋の隣〕の上から戦闘を見物している。見物人:「二方向から攻撃するって、言ったろ」。「あの塹壕見ろよ。凄いな」。「巧いな。アーチ・フェリも気付かないぞ」。「どこが終わりなんだろ。左に曲がってるだろ。建物まで続いてるかな?」〔3枚目の写真の塹壕の上端が左に曲がり、その先は砦で隠れて見えない〕原作との違い: ①ボカの細かな指図はない。②蜂蜜水は使わない。③見物人はいない。
  

マーリア街の出入り口に着いたパーストル兄弟の部隊は、アーチの本隊と同数(15名)。彼らは、ラッパの音が終わると、すぐに門から中に突入する(1枚目の写真)。パーストル兄は、先陣をきって、「圧倒しろ! 突撃だ!」と叫ぶ。彼らは、砂爆弾の集中攻撃に遭う(2枚目の写真)。一方、パール街の開いた木戸の前に並んだ本隊の方は、何もせずに立っている(3枚目の写真)。ボカは、副官のチェレに、「どうなってる? アーチ達、動かないぞ」と言い、さらに、「我が全軍を、パーストル部隊と戦わせておいて、挟み撃ちにする気なんだ。そうはさせるか。ラッパだ、チェレ。合図を送れ」と命じる。原作との違い: ①映画の最後の台詞は短すぎて分かりにくい。原作では、ボカは、「助かったぞ!」と大喜びする。副官〔原作では、コルナイ〕が理解できないので、ボカは、「君は何て間抜けなんだ。我々は助かったんだ。彼らが動かないで立っているのは、待機してるんだ。パーストル兄の部隊が、マーリア街の方を占領するのを待っているのさ。それが済んでから攻撃を始めるつもりなんだ。彼らの作戦は、まず、パーストルが我々の部隊の半分をマーリア街でやっつけ、それから、もう半分を、パーストルが後ろから、アーチ・フェリが前から攻めようというのだ」。これで状況ははっきりするのだが、原作では、赤シャツ団は8人しかいない。ということは、パーストル兄の部隊は4人だけ。これでは、どう考えても、アーチの部隊の待機は、無謀で間抜けな作戦としか思えない。
  

戦っていたボカの地上部隊は、ラッパの合図で、一斉に逃げる。2つ前の節で、ボカが、「怖くて逃げるふりだぞ」「ラッパの合図があったら」と言っていた部分だ。逃げた先は、両側の砦の間。砦の上からは、追撃するパーストル部隊に対して、砂爆弾が浴びせられる(1枚目の写真、遠くに見えるボカの地上部隊は、煉瓦建物の中に逃げ込もうとしている)〔5節前に示した作戦図の「」の部分〕。全員が逃げ込むと、ドアに太い閂が滑るようにかかる。この建物には、別の出口があり、逃げ込んだ地上部隊は、そちらからこっそり出て行く〔塹壕に出られる〕。一方、パーストル部隊は、建物に逃げ込んだ(ように見えた)地上部隊を追って、扉の前に集まる。そこにも、砂爆弾が投げつけられる(2枚目の写真)。パール街にいるアーチは、「そろそろ用意するぞ。直にラッパの合図がある。パーストル部隊が、敵を丸太の山に追い込んでる頃だ。美味いグーラッシュが出来てるぞ」と言い、皆を笑わせる〔グーラッシュは、ハンガリーの有名なシチュー。シチューのようになっているという意味〕。見物人の方は、塹壕を通って出てきた地上部隊を見て、「見ろ! 戻って来たぞ! びっくりだな!」と驚く。何とか扉から中に入ろうと、パーストル弟は、角材でドアを打ち破ろうと、「もっと下がるぞ。頑丈なドアだ。もう1回」と声をかけ、思い切り突進する。ほとんど空になった小屋には、閂係が1人残っていた。窓から様子を見ていた閂係が、一気に閂の角材を引き抜く。ドアは無抵抗に開き(3枚目の写真、矢印は突入方向)、5人が中に飛び込むと、再び閂がかかる。これは、「ボカ、閂の仕組み、すごいね」「素早く動かせることが、大事なんだ」の部分に相当する〔ただ、疑問なのは、閂係1人で、5人の荒くれ者にどう対応したのだろう?/他の地上部隊全員は塹壕に出て行っていまう〕原作との違い: ①閂の仕掛けはない。小屋に逃げ込んだボカの地上部隊は、そのまま待機していて、いいタイミングの時に、一斉攻撃をかけるだけ。
  

パーストル部隊は、閉まったドアの前で、「なぜ、開かないんだ?」。「早くやっつけて出て来い! 聞いてるか?」と、戸惑う。パーストル兄は、執拗な砂爆弾の中、「旗だ! 旗を奪え! 砦の旗を替えろ!」と叫び、砦の間の通路に向かう。一方、戻って来たボカの地上部隊には、「一人ずつ引き離せ。一人だぞ!」と命令が下る。両者は、砦の間であいまみえ、砂爆弾も降りかかる。戦列から切り離されたパーストル部隊の兵士は、ヤノの小屋の前で待ち構えていたヴェイスが、ドアを開け、「来るぞ、ケメネ!」と叫び、中に押し込まれ、ケメネが後ろから羽交い絞めにする(1枚目の写真)。そして、「おとなしくすれば、痛くないぞ」と言いつつ、両手を後ろにまわしてロープで縛る。パーストル兄は、強引に丸太を登って てっぺんに手をかけるが、砂の入ったバケツを頭から被せられ(2枚目の写真、矢印はバケツ)、あえなく落下。「ヴェンダウェル!」と呼びかけ、「合図のラッパだ!」と命じるが、ラッパを吹こうとしたチビのヴェンダウェルに砂爆弾が集中し、吹くことができずに(3枚目の写真)、ラッパを奪われる。ヴェイスの小屋には、次々と敵が送り込まれるが、1人が未処理のうちに、もう1人が送りこまれ、最後は、ヴェイスごと3人目が中に放り込まれ、それと知らずに、味方が外から鍵をかけてしまう。砦の上では、ボカとチョーナコーシュが、旗を取られまいと、それぞれの敵と一対一の戦いを見せる。最後は、反則をしたパーストル兄を、チョーナコーシュが殴り倒して戦闘シーンは一時中断する。原作との違い: ①アーチに関する記述がある。「どうだい、聞こえるだろう? すぐに合図があるぜ」「後わずかの辛抱だ。合図のラッパを聞いたら突撃だ」〔ヴェンダウェルは小屋に監禁中〕。こんな呑気でいいのかと思ってしまう。
  

カメラは、ネメチェクの部屋に移る。寝ていて うなされたネメチェクは、ベッドから起き上がると、「ボカ、気を付けて!」と叫ぶ。そして、ベッドから起き上がると、1・2歩進み、「アーチ・フェリが後ろにいる」と、腕を伸ばして指差す(1枚目の写真)〔意識障害まで起こしているということは、入院が必須の重症肺炎だ。敗血症性ショックが起きている可能性も高い。1906年の医学水準では、手の施しようがないレベルに達している〕。すぐに駆けつけた母は、「エルネー、坊や… ベッドに戻って」と、ベッドに連れ戻すが、その間も、「母さん、どうして 原っぱにいるの?」と質問する。彼は、自分が原っぱで戦いの最中に立っていると思っている。「さあ、ベッドに戻って。困った子ね。起きたりしたら、風邪がひどくなるわ」。「ここ、すごく暑いよ」。母には、水で湿らせたタオルを額に置くことしかできない(2枚目の写真)。近くの女性が窓から、「坊やのために、薬草のスープを作ったの。取りに来ていただける?」と声をかける〔薬草はキャラウェイだが、ネメチェクの症状には何の効能もない。風邪からくる解熱ならバジル〕。母は、この、何の役にも立たないスープをもらいに、家を出てしまう。ネメチェクは、うわ言を続ける。「ボカ、僕、話さなかった? 僕、息ができなかった」(3枚目の写真)〔重症肺炎は、呼吸困難も起こす〕原作との違い: ①このシーンは映画だけのもの。
  

再び戦場。画面は原っぱ。そこで、ボカの地上部隊とアーチ軍の残りが戦っている。ということは、映画が、ネメチェクの家を映している間に、いつの間にか、アーチが自分の部隊を出動させたことになる〔編集の不手際〕。そして、なぜか、アーチは、「パーストル兄弟がどうなったか、知ってればな」と言いながら、退却のラッパを吹かせる。ボカは、直ちに、「退却してるぞ! 集合ラッパだ!」とチェレに命じる。広場で争っていた軍勢が2つに分かれる。ボカの地上部隊は、塹壕の前に整列する。ボカは、「君達、アーチだけ通すんだ」と命じる。そこに、アーチ軍の残兵が再度攻めてくる。最初の戦闘では、アーチと副官のセベニッチは門のところで見ていたが、今度は、アーチが戦陣を切って突入する(1枚目の写真、矢印はアーチ)。兵士の数は総勢13名に減っているので、2名は、規定により、戦力外になったのであろう。アーチ以外の12名は、ボカの地上部隊20名に完全に囲まれて身動きできなくなる。アーチは、砂爆弾をものともせずに丸太を登り、砦で待ち受けていたチョーナコーシュと一対一で戦う。最初は、アーチが優勢だったが、チョーナコーシュに逆転される。そこで、画面は、再びネメチェクの家に。ネメチェクは、ベッドから抜け出しただけでなく、窓から外に出る(2枚目の写真)。そして、よろよろと門を出て行く。アーチとチョーナコーシュの対戦はまだ続く。アーチの手が旗に届きそうになった時、2人は、同時に地面に落ちる。それを見た見物人は、「アーチ・フェリ開けろ、アーチ・フェリ開けろ」と一斉に叫ぶ〔中立であるべき見物人が、なぜアーチ・フェリの味方をする?/これも納得できない〕。アーチは、小屋の中に仲間が閉じ込められていると気付く。アーチは、立ち上がると、20名に囲まれている自兵に向かって、「小屋だ! 仲間を助けろ!」と叫ぶと、自ら小屋に行きドアを開けようとする(3枚目の写真)。その時、小屋の屋根の上に、ネメチェクが現れる。彼は、「アーチ・フェリ、何してる? ズルは ダメだ…」と言うと(4枚目の写真)、そのまま気を失ってアーチの上に落ちる。アーチも気を失い、残りの兵士も捕らえられ、合戦はボカ軍の勝利に終わる。もし、アーチが小屋を開けていたら、形勢は逆転していたかもしれないので、勝利の立役者ネメチェクは、大切に助け起こされる(5枚目の写真)。原作との違い: ①戦いの展開はかなり違っている。アーチが小屋のことを知るのはもっと早い。②ネメチェクの部分は、全く違っている。ネメチェクは、アーチの前に立ちはだかると、「止まれ!」と叫び、あっけに取られている大きなアーチを抱え込み、見事に地面に投げつける。「病気の高い熱と、無我夢中の気力が、この小さな弱々しい体に不思議な力を与えたのだ」と書かれている。しかし、重態の子が、アーチを投げつけるというのは、現代医学の観点からあり得ないので、映画の方が、まだ少しは現実味がある。
    

アーチは負けを認め、小屋の中に閉じ込められたパーストル部隊は、槍を小屋の中に置いて、1人ずつ出される(1枚目の写真)〔ここで、改めて考えてみよう。この小屋は、3つ前の節で、ヴェイスとケメネが1人ずつ閉じ込めていたヤノの小屋だ。4つ前の節でパーストル弟が角材で突入した5人は どうなったのだろう? 閂の仕掛けは「映画ならでは」で面白いが、肝心の詰めが甘い〕。勝利の後、地面に横たえられたネメチェクを、ボカは愛おしそうに抱える。ネメチェクは、「どうしたの?」と尋ねる(2枚目の写真)。「勝ったの?」。「勝った。君のお陰だ。君が、飛びかからなかったら… その時は…」。後が続かない。ボカは、副官に「ラッパを吹け」と命じる。「気を付け!」。ボカは、「パール街の全軍は、ネメチェク・エルネー従卒に、心より感謝する」と述べ、「敬礼!」と叫ぶ。全員が、ネメチェクに向かって敬礼する(3枚目の写真、矢印)。立ち上がったネメチェクに、ボカは、「ネメチェク・エルネー大尉に 万歳三唱!」と叫び、「万歳!」の声が3回上がる〔映画では、他の少年達の最高位が中尉〕。ネメチェクは、「僕… 大尉?」と戸惑う(4枚目の写真)。「ボカ、本気じゃないよね。冗談なんだ。僕が 大尉?」。ネメチェクは、最初笑っていたが、咳がひどくなり、急に昏睡状態になる。原作との違い: ①ネメチェクに対するボカの説明は、もう少し長い。「最後は危なかったんだが、勝てたんだよ。これも、君のお陰だ。もし、君が現われなかったら、アーチ・フェリをやっつけることができなかったのさ。そうなれば、彼らが小屋から捕虜を助け出して、勝負は どうなっていたか分からないところだった」。②ネメチェクの言葉も違っている。ボカの説明に対し、「そんなの嘘だよ。僕を喜ばせようとして、そんなことを言ってるんだ。僕が病気だから 同情してくれているんだ」。③逆に、大尉に昇任してからは、何も言わない。
   

ネメチェクの容態を心配したチョーナコーシュ、チェレ、ヴェイスの3人が家の前で佇んでいる。そこに、ボカが家から出てくる。ヴェイス:「容態は?」。「意識不明」。ヴェイス:「今、何時?」。チェレ:「もうすぐ10時」。その時、歩道を歩いてくる音がして4人が振り返ると、それは見舞いに来たアーチだった。「重態なのか?」。ボカ:「そうだ。医者が、もう一度診察に来る。だから、ここにいる」(1枚目の写真)。アーチは、反対側の歩道に移って待つ。そこで、場面はネメチェクの家の中に変わる。ネメチェクは、苦しそうに息をしていて、その手をボカが握っている。何の説明もないので、先ほどの続きかと思ってしまうが、実は翌日。だから、昨夜、もう一度医者が往診に来て、その後、5人は帰ったのだろう。今朝は、ボカだけが見舞いに来ている。背後で、ミシンで縫っていた母が、紳士服の仕上げをしている父に向かって、「チェトネキさんの仕事、今日までなの?」と訊く。父は、ネメチェクの方を見て頷く。「何時に取りに来るの?」。「夜だ」。この時、譫妄状態にあるネメチェクが、小さな声で歌う。「♪嗅ぎタバコってすごい。くしゃみが連発」。以前、タバコ工場の前で、ふざけて歌った曲だ。すると、今度は、「やあ、ボカ… まだいたの?」と訊く。「『まだ』? 来たばかりだ」(2枚目の写真)。ネメチェクは、「手回しオルガン、見たことは?」と訊く。実は、この映画の冒頭、ラーツ教師の実験中、窓から手回しオルガンの音が聴こえていた。授業の前には、通りでネメチェクが、手回しオルガンの「興行」を見ているシーンもある。それを思い出しているのだ。ボカは、見たことがないので、「手回しオルガンって?」と尋ねる。「きれいな楽器だよ。ラーツ先生は嫌いだけどね〔うるさいので、窓を閉めさせた〕。キラキラしてる」。今度は、大尉になったことについて、「パテ・クラブの連中、文句言ったろうね。だって、僕は嫌われてるだろ。名前を 全部小文字で書かれるような 裏切り者だから」と言う。「謝ってたぞ」。「見たら信じるよ」。ネメチェクは、急にべッドから体を起こし、「原っぱ に行きたい」と言い出す。「みんな、僕を病気だと思ってる。だけど、すごく気分がいいんだ」。ボカは、「無理するんじゃない。じっとしてるんだ」とベッドに横にならせる。ネメチェクは、ボカの首をたぐり寄せ、耳に囁く。「ボカ、重い石、僕からどけてくれる?」。「石って?」。「見えないの? 何百個もあって… どんどん増えて、重くなっていく」(3枚目の写真)「夜中じゅう、僕を 押し潰すんだ。ボカ、もう耐えられない! 取り除いてよ!」。ここで、医者が入ってくる。「行かないと。お医者さんが みえた」。「戻るよね?」。「もちろん」。「約束する?」。「約束だ」。「良かった。必ず戻ってくれるんだ」、これが、ネメチェクの最後の言葉となった。原作との違い: ①ネメチェクとボカとの会話は、ほとんどが不一致。出だしも、「ボカ、君、ここにいるのかい?」。「ああ、ここにいるよ」。「ここに、ずっといてくれるの?」。「そうさ」。「僕が死ぬまで、ずっとかい」。この後も、ネメチェクは、自分の「死」について何度も言及する。最後は、「じゃあ、僕は、死ぬことを宣誓するよ」とまで言う。②ボカは、赤シャツ団の最後についても話す。植物園で総会を開き、パーストル兄が新隊長に選ばれたが、その直後に、園長から、島への立入禁止申し渡されたと〔赤シャツ団は本拠地を失った〕。③唯一同じ言葉は、「原っぱに行きたい」。しかし、その後の、「重い石」の話はない。代わりに、自分をボカだと思い込む。
  

医者の診察の間、ボカは玄関室で待っている。すると、外で声が聞こえる。「何で僕なんだ? バラバーシュに行かせろよ」。「何でバラバーシュなんだ。君が会長だろ」。「ああ、確かに僕が会長だけど…」。いつもながらの、パテ・クラブの口論だ。ボカはドアを開け、「何の用だ?」と訊く。ヴェイス:「パテ・クラブが全員揃ってる」。コルナイ:「僕達、表彰状を持ってきたんだ」(1枚目の写真、矢印は表彰状)。「秘密の議事録の名前も、全部大文字で書いた。議事録も持ってきてる」。5人は、医者が帰るまで、ボカと一緒に待つことにする。来るのが遅くなったのは、誰が代表になるかでもめたせい。おまけに、入った早々、1つしかないスツールを巡って、バラバーシュとコルナイが取り合い、ボカに「いい加減にしろ」と叱られる。そして、医者が父親と一緒に玄関室に出てくる。「お気の毒です、ネメチェクさん」(2枚目の写真、矢印は医者)「心より、お悔やみ申し上げます」。この言葉で、座っていたバラバーシュも立ち上がる。「あらゆる手を尽くしましたが、手の施しようがありませんでした」。ネメチェクは死んでしまった。次のシーンでは、医者が出て行った後、ボカと5人も家を出て行く。そして、歩きながら、ヴェイスは、ネメチェクに渡すはずだった表彰状を見る(3枚目の写真)。そこには、こう書かれていた。「偉大な功績/秘密の議事録の17ページの記載事項/ねめちぇく・えるねー 裏切り者!!!/なる 恥ずべき標記は 間違いのため無効とし、遺憾の意と共に下記のように訂正する/ネメチェク・エルネー 原っぱの英雄!/この表彰状は、クラブの正式な謝罪文である/1902年4月27日 ブダペスト  ヴェイス」。原作との違い: ①パテ・クラブの面々はネメチェクの寝ている部屋に入って行く。ヴェイスは、喘ぎながら壁を見ているネメチェクに、「大尉殿。ここに来たのは、僕がクラブを代表して、僕らに誤りがあったことを… 君に全てを許してもらいたい… それから、この表彰状に… これにみんな書いてある…」と、涙ながらに話しかける。そして、秘密の議事録のページを見せる。この時、ネメチェクは永遠の眠りにつく。表彰状をネメチェクが見なかったことは同じ。表彰状の文面は映画の創作。
  

5人は、そのまま原っぱまで行く。ヤノは、「大勝利ですな!」と言って、ボカを迎えるが、ボカは意気消沈している。そして、「ネメチェクが死んだ」と打ち明ける(1枚目の写真)。返事は拍子抜けだった。「どの子です?」。「金髪のチビ君」。それを聞いても、ヤノはそれが誰だったか見当がつかない。裏切り者のゲレブは「坊っちゃん」と呼んでいたのに、英雄には無関心だ。ヤノは、パーストル部隊を閉じ込めていた小屋のドアを開き、中の槍を見せて、「これ、どうしましょうかね?」と訊く。「後で処分するよ」。ボカは、その横に置いてある測量器具に目をとめる。「これ何だい、ヤノ?」。「技師さんのですだ」。「技師って?」。「建築技師さんで」。「建築技師? 何するんだろう?」。「家、建てるんですよ。月曜にいっぱいやっ来て、原っぱを掘るんだとか」(2枚目の写真)「地下室のある でっかい家を造るそうで。4階建ての でっかい家ですだ」。これは、原っぱを確実に自分達のものにしたと思っていたボカにとって、驚天動地の話以外の何物でもなかった。5人が口実を設けて去った後、1人残ったボカは、パール街の木戸を開け、中の原っぱをじっと見る(3枚目の写真)。映画はここで終り、エンドクレジットの背景に、工事の進む「原っぱ」が映る(4枚目の写真)。原作との違い: ①ボカの心情が詳しく書かれている。「ボカの世界は一変した。涙がどっと溢れてきた。急いで門の方に走っていった。この薄情な土地から逃げ出したのだ。みんながあんなに苦労して、あんなに勇敢に守ってやったのに、今になって、僕らを見捨てて、この先ずっと大きなアパートのものになってしまうなんて」「門のところで、もう一度振り返った。永久に祖国を去る者のような気持ちだった。ただ、その大きな悲しみの中に、ほんの一つだけ、小さな慰めが混じっていた。可哀相なネメチェクは、自分の命をかけた祖国が奪われたことを知らないで済んだのだ」。翌日の授業でラーツはネメチェクの思い出を語り、全員葬儀に参列するよう言い渡す。そして、ラスト。ボカは、「おぼろげながら」分かりかける。「人生とは何かということ。そして、人間は、悲しい時も嬉しい時も、いつも人生という主人に仕えているものだということ」を。さすが、百年を越えて母国で愛し続けられてきた名作のラストだけある。先に、原作(1906年)の百周年を記念して作られた群像について紹介したが、同時に作られたもっと大切なものがある。パール街に面した原っぱにはアパートが建ってしまったが、「原っぱ」のあった場所から650メートル南東にあるテメー(Tömő)街に原っぱを模した880平方メートルの公園を擁するクラブとコミュニティ・ホールが造られた(5枚目の写真)。こうして、ボカとネメチェクの努力は、百年後に報われた。小説も、これほど愛されれば幸せだ。日本で盛んな「まちおこし」とは意味が違う。
    

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